津久井の事件もそうだけど

人間って仕事の向き不向きって絶対あるもので他人から見て「この人はこの仕事にあっている」と言うのも別に構わないのだけど、自分自身をもう少し見たほうが良いなと昨今の事件事故を見て思う時がある。病気を隠して車を運転して癲癇を起こして事故シてしまうのも一緒で、やはり向き不向きというものがあるものです。

他人から見て向いてる向いてないというのもあるのだろうけど、自分で向いてる向いてないを見極めるのも大事だなと思います。向いてない仕事なら選り好みしてその仕事に就かないとかそういうのがどうも必要だと思う。周囲の「選り好みをするな」は事故を起こす可能性もあれば、それによって引き起こされた事故事件に巻き込まれる可能性もある。

今回はたまたま不幸にも障害者施設での事件でしたが、どういう職業の人が大惨事を引き起こすかというのはよく分かりませんからね。そういうのを防ぐのが社会のシステムの役割なんですがそういうのを防ぐどころか世間に同調して増やしてしまってるような気がしてなりません。社会は厳しい、という言葉もそうでわざわざ厳しくしたらいけないのです。

この職の無い時代に「選り好みするな」はもう止めませんか?おそらくその悪気のない言葉とはいえ、その言葉によって窮屈な思いをしてる人はかなり居ると思います。もう少し発言する人は自分の言葉に責任を持つことも大事です。

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